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地盤沈下と地下水:不動産鑑定士嶋内雅人のブログ

https://ameblo.jp/daigotukune/entry-12252362012.html

今回は、地盤と安全な土地の話です。

地盤沈下は過去のものではありません。平野部では、未だに沈み続けているところがあります。

その地盤沈下について最も問題とされたのは、東京都東部の低地部でしょう。

この地域は、1973年頃から沈下する地域が狭まり、現在では沈下量も非常に少なくなっています。

しかし、ゼロメートル地帯で有名な江東区亀戸では、1961年から1962年の1年間の沈下量は15㎝あり、20㎝を超える場所もありました。

日本の沖積平野(約1万年前にできた平野)は、一般に自然現象としても沈下します。しかし、その年間沈下量は大きいところでも数㎜にすぎず、この場合の沈下量とはケタが違います。

1938年に気象台の和達清夫博士は、地下水の汲み上げが地盤沈下の直接的な原因だと結論づけ、地下水汲み上げの規制が必要であると訴えていました。

これに対し、地盤沈下は地殻変動によるものである等々の意見がありました。

さらに太平洋戦争が始まったため、工業力を増強することが優先されて、地下水の汲み上げを止めることはできませんでした。

しかし、戦時中から戦後にかけて(1942年頃から1948年頃)、地盤沈下が止まった時期があります。すなわち、戦争末期の資材不足や空襲によって産業が壊滅したことにより、工業用の地下水の汲み上げがとまったことによるものです。和達博士の論を実証することになりました。

戦後になって産業が復興して工場が稼働するようになると、地下水の汲み上げが再開され、また地盤沈下が始まりました。地下水の汲み上げを規制すると、経済復興に必要な製鉄業や繊維業など大量の水を使う工業に打撃を与えてしまうからです。

1952年に近畿地方を襲ったジェーン台風は、戦前に進行していた広大な地盤沈下地帯を浸水させ、人的・物的に多大な被害を与え、地盤沈下の恐ろしさをまざまざと見せつけました。

その後も大阪・尼崎の地盤沈下は進み、1961年の第二室戸台風によってこれらの地域は再び水害に見舞われました。

ここに至って、産業界も地盤沈下の深刻な事態に気付き、地下水くみ上げを禁止し、ようやく地盤沈下を止めることができました。


■編集後記■━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・‥‥‥………


2月1日は、中学入試のピークでした。母親らしき人が、子どもを連れて満員電車に乗っている姿が見受けられました。

かく言う私の娘も、6年前に私立中学校を受験しました。私と妻があちこちの中学校を下見し、当日は妻が娘を試験に連れて行きました。

ところが、2月1日の当日に娘は発熱してしまいました。やむを得ず、保健室で受験です。このような悪条件でしたが、午前中に受験した第二志望の中学校に合格してしまいました。

娘は、妻にこう言ったそうです。「保健室受験っていいね。静かで落ち着いて問題が解けたよ。明日も保健室で受けたいな。」

試験になると実力を出し切れない私や息子とは大違いで、大した性根の座りぶりです。

その中学校は、娘が受験した年度に某大学の付属校となりました。初年度でしたのでその年はそれほど難しくなかったようですが、その後は偏差値がうなぎ登りです。

発熱しながら受験して合格し、その学校のレベルは入学後に高くなる。そして、今年は内部推薦で大学入学です。

娘には、運と度胸が備わっていたようです。